「舞妓」

(1929-2011)

三輪良平は1929年に京都市は東山区の表具師に次男として産まれます。
京都市立美術専門学校を卒業してそのまま同校専攻科に進み修了、その後晨鳥社を主宰する山口華揚に師事しそこで技術を磨いていきます。そして遂に第8回の日展にて「憩ひ」が初入選となります。
第12回日展では「裸像」が特選、白寿賞に輝きその頃晨鳥社の若手と研究会「あすなろ」を結成します。第3回新日展では舞妓三人の坐像を描いた「舞妓」が再び特選・白寿賞となります。これは現代的視点から書かれた日本画であり三輪の新境地となります。その後も第5回展で人物の形と色を単純化した「裸婦」が菊華賞を受賞します。これまた新しい解釈での日本画となり日展審査員や評議員を務め日展を中心に制作活動を行い常に新しスタイルを探し求めていましたが、1993年京都府文化賞功労賞を受賞しました。
三輪良平は現代日本画壇の発展に大変尽力しましたが若い頃より肺疾患や肝臓病等と闘いながら、大原女など清麗な女性美を中心的な題材として特に舞妓を題材とした絵は代表的なモチーフとなっています。その作風は当の舞妓たちがいる祇園でも大人気となり京都祇園で毎年おこなわれる舞妓達の式典「都をどり」のポスターも書く事となりました。また、生前には東近江五箇荘の街並みを気に入っていたため本人の想いもあり、また妻の美恵子の希望によって没後の2011年に遺作の多くが東近江市近江商人博物館に寄贈されました。そして翌年に同館で回顧展が開催されました。

サイズ:59×46画寸83×67.5額寸

紙本.彩色 共シールあり

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